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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)6478号 判決

原告 横井英樹

同 横井邦彦

同 渡部高寿

同 井原弘

同 大橋千恵子

右五名訴訟代理人弁護士 高嶋謙一

原告補助参加人 セントラル信用株式会社

右代表者代表取締役 網中一郎

右訴訟代理人弁護士 上野久徳

同 小林信明

被告 大日本製糖株式会社

右代表者清算人 中島和朗

右訴訟代理人弁護士 梶谷玄

同 梶谷剛

同 岡正晶

同 土岐敦司

同 永沢徹

同 大川康平

同 和智洋子

主文

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用中、参加によって生じた部分は原告補助参加人の負担とし、その余は原告らの負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

被告の昭和五九年三月二二日開催の臨時株主総会における営業譲渡、解散及び清算人選任の各決議を取り消す。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. (当事者)

被告は、砂糖及びその他の糖類並びにこれらを原料とする製品の製造販売等を目的とする株式会社であり、原告らは、その株主である。

2. (本件決議)

被告は、昭和五九年三月二二日開催の臨時株主総会(以下「本件総会」という。)において、同月二三日をもって商号を含む被告の営業の全部をニットー株式会社(後に商号が「大日本製糖株式会社」に変更された。以下「新大日本製糖」という。)に譲渡して解散することを内容とする営業譲渡、解散及び清算人選任の各決議(以下「本件決議」という。)をした。

3. (本件決議の瑕疵)

本件決議には、次のとおり瑕疵がある。

(一)  議決要件の欠如

被告は、本件総会に株主として出席しようとする者が真に被告の株主であるか否かを確認する手続も、代理人と称して出席した者が真に受任者であるか否か及び代理人たる資格を有するか否か(定款により、株主の議決権を代理して行使し得る者は被告の株主に限るものとされている。)を確認する手続もしなかった。したがって、本件総会に出席した者のうち適法に議決権を行使し得た者は極めて少数であったから、本件決議は、必要な議決要件を満たしていない。

(二)  著しく不当な決議

本件決議のうち営業譲渡の決議は著しく不当であり、それは決議につき特別の利害関係を有する株主が議決権を行使したことによるものである。すなわち、

(1) 本件営業譲渡の決議は、被告の株式五四〇四万四〇〇〇株(被告の発行済株式総数の六八・二四パーセントに当たる。)を有する株主である三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という。)が議決権を行使したことによって成立したものであるが、本件営業譲渡の相手方である新大日本製糖は、三菱商事が全額出資している子会社である。

(2) 本件営業譲渡の決議により承認された営業譲渡契約は、譲渡財産のうち次の各財産の対価を正当な価額に比べて著しく低廉な額としているため、被告にとって著しく不利益であり、相手方である新大日本製糖は、被告の損失において不当な利益を得ることとなる。

ア 別紙物件目録一記載の土地及び地上権(以下「門司物件」という。)

本件営業譲渡における対価 一億〇二一四万円

正当な評価額 一億七三六〇万円

イ 別紙物件目録二記載の土地(以下「堺物件」という。)

本件営業譲渡における対価 五億七四七四万円

正当な評価額 七億五六〇〇万円

ウ 石垣島製糖株式会社(以下「石垣島製糖」という。)の株式一二万二〇〇〇株

本件営業譲渡における対価 二億〇〇二〇万二〇〇〇円

正当な評価額 一七億四八八七万円

エ 被告の営業権

本件営業譲渡における対価 無償

正当な評価額 七一億三六〇〇万円

(3) 本件決議のうち解散及び清算人選任の各決議は、営業譲渡を前提とするものであり、本件営業譲渡の決議と不可分であるから、本件営業譲渡の決議に右のような取消事由がある以上、本件決議は一体として取り消されるべきである。

4. 原告補助参加人の主張

(一)  被告の営業自体の価値について

本件決議当時の被告の財務は債務超過の状態にあったが、次のとおり、被告が営業を続けて行けば莫大な利益を上げることができる客観的環境があったのであり、その環境は昭和五九年三月以後も当分の間継続すると予測することができたから、被告の営業には相当の超過収益力があり、営業権としてその価値を評価すべきであったにもかかわらず、本件営業譲渡の決議において、その価値を全く評価しなかったことは不当である。すなわち、

(1) 新大日本製糖は、昭和五九年四月以降、被告から譲り受けた営業により、毎年利益を上げている。

(2) 被告の過去の業績を見ると、累積未処理損失のほとんどは、昭和五一年から五三年までの間に高値でオーストラリア産原糖を買い受けたという特殊な原因に基づくものであるが、その原因は本件営業譲渡当時既に解消されている。

また、被告の過去の業績を半期単位で見れば、昭和五三年一〇月から昭和五八年九月までの一〇半期のうち五半期では経常利益が出ているので、その営業は赤字基調とは言えず、損失を出した期についても、海外相場の乱高下、異性化糖の急激な増産、業者間の過当競争等その期に特有の原因に基づくものである。

(3) 被告は、昭和五七年に、他社に生産を委託し、自らは生産設備を処分して合理化を図り、その結果、通知数量の割当てを受ける地位を保有するだけの会社となった。したがって、業界の協調体制ができれば経常利益が生じることは確実であった。

(4) 精糖会社は砂糖の国内相場と海外相場とが安定すれば利益を上げられるものであるところ、国内相場は昭和五八年二月ころから、海外相場は昭和五七年八月ころから安定している。

(5) 被告の昭和五八年四月から昭和五九年三月までの間の損益計算では経常利益を計上している。

(6) 精糖業界の協調は、本件決議の当時、確実なものとなっていた。

(二)  輸入通知数量の割当てを受ける地位の価値

(1) 市価参酌調整金制度について

昭和五七年四月、砂糖の価格安定等に関する法律(昭和四〇年法律第一〇九号)が改正され、市価参酌調整金制度が創設された。

市価参酌調整金制度とは、砂糖の価格の安定を図るため、農林水産大臣があらかじめ定めて通知した精糖会社別輸入数量(以下「通知数量」という。)を超えて粗糖等を輸入した場合には、その超えた数量について当該精糖会社から市価参酌調整金を徴収する仕組みであり、農林水産大臣は、各精糖会社の過去五年間の輸入数量の実績を基礎とし、砂糖の製造事情等を勘案して通知数量を定めることになっている。

(2) 新大日本製糖は、被告からその営業を譲り受け、被告が過去に有していた実績をもとに通知数量の割当てを受けることができることとなったのであり、これにより、輸入量が通知数量の範囲を超えない限り市価参酌調整金を支払わなくてもよいという経済的利益を取得した。

そして、営業譲渡の行われた昭和五九年三月においては、市価参酌調整金の額は一トン当たり六五三〇円であったから、新大日本製糖が昭和五八年度における被告の溶糖実績一六万一二四八トン相当の粗糖を輸入するためには一〇億五二〇〇万円の費用がかかるはずのところ、新大日本製糖は、その費用の負担を免れるという利益を得たことになり、右利益の持続期間を一〇年とし、また資本還元率について当時の平均利回り七・七六パーセントを採用して、その利益の額を資本還元方式によって算定すると、七一億三六〇〇万円となる。また、新大日本製糖が昭和五九年度に割り当てられた通知数量一四万二〇〇〇トンを基礎として同様に算定しても、その額は六二億九〇〇〇万円となる。

(3) 右の経済的利益は、営業譲渡の相手方において生産コストの縮減を生み出すものであるから、被告が過去において赤字企業であり、同種企業の平均収益力を上回る収益力、すなわち超過収益力を有していなかったとしても、営業権の一種(法的営業権)として評価されるべきである。

したがって、右のような経済的利益を営業権として全く評価しなかったことは不当である。

(三)  被告株式の市場価格を無視した不当性

被告の株式は、店頭市場で取引の対象にされていたのであり、その市場価格は、昭和五八年九月当時約五〇円であった。

本件営業譲渡における営業権の対価を客観的に、かつ、公平に決定するためには、被告株式の市価から導かれる企業全体の価値から、資産より負債を控除したものを差し引いた価額を営業権の価額とする株式市価基準法が最も適しているにもかかわらず、本件営業譲渡の決議において被告株式の市場価格を考慮しなかったことは不当である。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1及び2の事実は認める。

2. 請求原因3の(一)の事実中、被告の定款には株主の議決権を代理して行使し得る者は株主に限る旨の定めがあることは認めるが、その余は否認する。

本件総会において、被告は、株主として出席しようとする者については、各株主宛てに発送した議決権行使書を持参するように求めた上、それを当日持参した者は被告の株主であると認める扱いをし、また、代理人として出席しようとする者については、当日又は事前に株主の届出印を押してある委任状を持参してきた者につき株主資格の有無を審査し、その者が株主であることが確認された場合に代理人として認める扱いをしたのであり、このような扱いは、多数の出席者についてその資格を審査する方法として、適正かつ妥当な方法である。

3. 請求原因3の(二)(1)の事実は認める。同(二)(2)の事実中、本件営業譲渡における対価は認めるが、その余は否認する。同(二)(3)は争う。

4. 請求原因4(原告補助参加人の主張)について

(一)(1)  (一)の事実中、被告が本件営業譲渡の当時債務超過の状態にあったことは認める。

しかし、営業権とは、同種企業の平均収益力を上回る収益力、すなわち超過収益力を意味するところ、精糖業界全体で業績不振が続く中で、被告も長年にわたり損失が継続し、その累積損失額は昭和五八年九月には約一〇九億円に達していたのであり、被告の営業には超過収益力は無かった。

(2) (一)(1)の事実は認める。

しかし、新大日本製糖が上げた利益は、多額の債務の金利負担のない状況において発生したものである。また、その原因は、国際市況の安定と国内業界の協調による安定であって、ひとたび過当競争が起きれば、その利益はひとたまりもなく消失してしまうのであり、その危険は常に存在している。

さらに、本件決議の当時において、新大日本製糖がこのような利益を上げることは全く予想することができなかった。

(3) (一)(2)の事実は否認する。

被告の累積損失の原因は、オイルショックに伴う粗糖価格の急騰及びこれを契機としたオーストラリア産原糖の長期輸入契約並びにその後の粗糖価格の急落等による国内市況の暴落等の要因によるものであって、オーストラリア産原糖の長期輸入契約はその要因の一部に過ぎない。

また、被告の半期ごとの業績についても、利息の減免を受けたために経常利益が出たに過ぎない期もあり、金利減免前の状況では一〇半期中七半期が赤字であり、被告の営業が赤字基調であることは疑いがない。損失の原因も、その期に特有のものではない。

(4) (一)(3)の事実は否認する。

被告の生産設備の処分は、被告の営業の合理化を意味するものではなく、生産設備までも処分しなければ当面の資金すら手当てすることができないほど逼迫した状況にあったことを意味するものであり、このことは、右の処分以降も赤字が続いていることからも明らかである。また、業界の協調は、本件決議当時予想することができなかった。

(5) (一)(4)の事実は否認する。

(6) (一)(5)の事実中、被告が昭和五八年四月から同年一一月までの間に経常利益を上げたことは認める。ただし、右の経常利益は、利息減免後の利益である。その余の事実は否認する。

(7) (一)(6)の事実は否認する。

(二)(1)  (二)(1)の事実は認める。

(2) (二)(2)の事実中、新大日本製糖が昭和五九年度に一四万二〇〇〇トンの通知数量の割当てを受けたこと及び昭和五九年三月当時の市価参酌調整金の額が一トン当たり六五三〇円であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) (二)(3)は争う。超過収益力を本質としない営業権(いわゆる法的営業権)として評価することができるのは、継続的に価値を有するものであること(継続性)、移転可能なものであること(移転性)及び営業と切り離して処分し得ること(独立性)という要件を満たしているものに限られるが、本件通知数量の割当てを受ける地位は、これらの要件を満たしていないから、法的営業権として評価することはできない。

(三)  (三)の事実中、被告の株式が店頭市場で取引の対象にされていたこと、その市場価格が昭和五八年九月当時約五〇円であったことは認める。その余の事実は否認する。

理由

一、請求原因1(当事者)及び2(本件決議)の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、まず、本件決議について議決要件を欠く違法があったかどうか(請求原因3(一))について検討する。

〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件総会の招集に当たり、被告の各株主に対し、その招集通知と共に議決権行使書用紙を送付したこと、その招集通知及び議決権行使書用紙には、それぞれ「お願い」と題して、総会に出席する際には議決権行使書用紙を持参し、会場受付に提出するよう求める趣旨の記載があること、被告は、本件総会当日、右議決権行使書用紙を持参した者及び同用紙を持参しなかったものの身分証明書等により株主であることを確認することができた者を被告の株主であると認める扱いをし、また代理人として出席しようとする者については、同様の方法により同人が被告の株主であることが認められ、かつ、同人の持参した委任状に委任者である株主の届出印が押されている場合に、代理人として認める扱いをしたことが認められる。

ところで、特段の事情がない限り、会社が株主宛てに発送した議決権行使書用紙を所有している者は株主であると推定され、また、株主の届出印が押されている委任状を持参している者は株主の代理人であると推定されるところ、本件総会において、右推定に疑いを懐かせるような特段の事情があったことについては何ら主張立証がないから、本件総会に出席して議決権を行使した者はいずれも株主であるか、又は株主の代理人として議決権を行使する権限を有する者であったと認めるのが相当である。したがって、本件決議について原告らの主張するような瑕疵があったとは認められない。

三、次に、本件営業譲渡の対価が著しく低廉であったかどうか(請求原因3(二)(2))について判断する。

1. 〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、昭和五八年一〇月ころから、三菱商事に対し、被告の多額の繰越損失の抜本的処理に関する支援を依頼していたが、営業譲渡による会社解散による処理の可能性も考えられたため、その場合に備え、同年一二月ころ、営業譲渡に伴い譲渡される財産等の評価を不動産鑑定士、公認会計士等に依頼することとし、そのころ、門司物件及び堺物件については三菱地所株式会社に、石垣島製糖の株式及び営業権については公認会計士山中良平に、石垣島製糖の株式算定の前提となる同社所有地の評価については長田不動産鑑定株式会社にそれぞれ鑑定評価を依頼し、同年一二月から昭和五九年一月までの間に、依頼した鑑定評価の結果について報告を受けた。その結果は次のとおりであった。

(1)  門司物件の評価額 一億〇二一四万円

(2)  堺物件の評価額 五億七四七四万円

(3)  石垣島製糖の株式の評価額 一株当たり 一六四一円

(4)  営業権の評価額 経済的価値なし

(5)  石垣島製糖の所有地の評価額 五億三五二九万八〇〇〇円

(二)  その後三菱商事から前記支援を拒絶されたため、やむを得ず、被告の昭和五九年一月二五日開催の取締役会において、被告の営業全部を譲渡した上、会社を解散する旨決議された。被告は、この決議に従い、同年三月一日、新大日本製糖との間で、同月二三日をもって右(一)の(1)ないし(4)の財産を右の鑑定評価額のとおりの対価で譲渡すること等を内容とする営業譲渡契約を締結し、同月二二日、本件総会において右営業譲渡を承認する旨の本件営業譲渡の決議がされた。

以上の事実によれば、右営業譲渡契約における譲渡財産の対価は、いずれも専門家の鑑定評価のとおりの金額によったものであるから、右鑑定評価の内容に、特段の不合理な点がなく、かつ、鑑定評価時から本件決議までの間にその鑑定評価の内容をそのまま維持することが不当であるような事情の変更があったと認められない限り、右営業譲渡契約を承認した本件営業譲渡の決議が著しく不当であると認める余地はないというべきである。そこで、以下において、右各鑑定評価の内容に特段の不合理な点が存在するか否かについて検討する。

2. 門司物件について

証人栗原敏の証言中には、被告が門司物件の対価の決定について依拠した三菱地所の不動産鑑定評価書(乙第三号証)について、門司物件のうち舟艇置場の土地(別紙物件目録一1(一)記載の土地)は準工業地域内に存在しているのに、工業専用地域内にある土地と同様に評価しているとしてこれを批判する部分があるが、乙第一六号証及び前示証人垣井の証言によれば、右土地は、準工業地域内にあるものの、その隣接地は工場であって、その環境において工業地域と大差がないこと、また、右土地の固定資産課税台帳の登録価格及び相続税等の課税標準価額の算定に用いられるいわゆる路線価を見ると、いずれも隣接の工業専用地域内の土地のそれと同額とされていることが認められるのであって、これらの事実によれば、前示三菱地所の鑑定評価が、右土地を工業専用地域内にある土地と同様に評価しているとしても、そのことが直ちに不当であるとは言えない。

また、前示証人栗原の証言は、右土地(舟艇置場の土地)の最有効使用は沿道サービス施設用敷地としての使用であるとし、甲第三号証(同証人が代表取締役である日興不動産鑑定所の鑑定評価書)は、そのことを前提に右土地を含む門司物件の価格の鑑定評価をしており、その結果は原告の主張に沿うが、前掲乙第一六号証及び証人垣井の証言によれば、右土地の周辺は都市計画法及び港湾法に基づき臨港地区に指定され、また、北九州市の条例により商港区に指定されていて、構築物についての規制があり、業種も限定されている上、右土地の形状がくの字形で不整形であるために利用上の難点があり、また、隣接地は、倉庫や精糖工場等が建つ工業専用地域であるところから、現在の舟艇置場用地としての使用が最有効使用であると認められ、したがって、前示証人栗原の証言及び甲第三号証は採用することができない。

他に門司物件についての三菱地所の鑑定評価に特段不合理な点があると認めるべき証拠はない。

3. 堺物件について

次に、被告が堺物件の譲渡の対価の決定に用いた三菱地所作成の不動産鑑定書(乙第四号証)は、同物件の一平方メートル当たりの時価を七万五二〇〇円と評価しているのに対し、前示株式会社日興不動産鑑定所作成の不動産鑑定評価書(甲第二号証)は、同物件の価格を一平方メートル当たり九万九〇〇〇円と評価しており、この評価は原告の主張に沿う。しかしながら、右甲第二号証は同物件の評価に当たり、建付減価をしないで、更地価格をそのまま物件価格として採用しているが、乙第一五号証及び前掲証人垣井の証言によれば、同物件の公法上の容積率は二〇〇パーセントであるところ、現実には二〇パーセント程度しか利用されておらず、また、同物件上には昭和二八年ころに建築された老朽化した建物が存在していることが認められるのであって、これらの利用状況に照らすと、同物件の現況は最有効使用の状況にはなく、したがって、同物件の評価においては建付減価をすることが相当であること、また、昭和五七年七月に同物件の隣接地が一平方メートル当たり七万〇二五〇円で地元の企業に売却されていることが認められるのであり、これらの事実に照らすと、右甲第二号証の鑑定評価書の鑑定評価は、必ずしも当を得たものではないと言うべきである。したがって、同鑑定評価書の存在をもって、前掲三菱地所作成の鑑定評価書が不合理であると認めることはできず、本件全証拠によっても、他に三菱地所の鑑定評価に問題があることを窺わせるような事情は認められない。

4. 石垣島製糖の株式について

(一)  被告が石垣島製糖の株式の譲渡の対価の決定に用いた乙第六号証(公認会計士山中良平の有価証券評価書)は、時価純資産価額方式により一株当たりの純資産額を算出し、その額をもって一株の評価額としたものであり、石垣島製糖の純資産額を算出するに当たっては、石垣島製糖所有地の評価額と帳簿価額との差額(評価益)からこれに係る清算所得に対する法人税等相当額を控除した額を含み益として帳簿価額に加算するという手法を採用しているところ、時価純資産価額方式は、株式評価の実務上、合理性のあるものとして一般的に受け容れられている方式の一つであり、特に非上場株式の価額の評価についてしばしば用いられていることは当裁判所に顕著な事実であり、この方式においては、右乙第六号証においても採用されているように、含み益を算定するに当たり、評価益に係る清算所得に対する法人税等相当額を控除するのが通常であるが、それは、株式の実現可能価値を把握するという観点から、会社の解散の場合に資産の評価益に対して課される法人税等相当額を純資産額から控除した額を基礎にしてその額を算定する趣旨であり、相当の合理性があると考えられるから、右乙第六号証が採用した石垣島製糖の株式の評価方式に不合理な点はない。

(二)  そして、乙第五号証及び同第六号証によれば、公認会計士山中良平は、乙第六号証の鑑定評価に当り、石垣島製糖所有地の評価額として、乙第五号証(長田不動産鑑定株式会社の昭和五八年一二月二〇日付け調査報告書)の概算による鑑定評価額をそのまま用いたことが明らかであるから、以下において、乙第五号証の鑑定評価の当否について検討する。

ところで、乙第五号証は、石垣島製糖所有地を合計約五億三五二九万円と評価しており、乙第七号証の一(長田不動産鑑定株式会社の昭和五九年五月二五日付け鑑定評価書)もほぼ同額の合計約五億三四六七万円と評価しているのに対して、甲第四号証(前示株式会社日興不動産鑑定所の昭和五九年四月一八日付け不動産鑑定評価書)はこれを合計約二二億七一五三万円と、甲第九号証の一(株式会社日興不動産鑑定所の昭和六一年六月二〇日付け不動産調査報告書)は合計約二二億八六七四万円とそれぞれ評価している。

しかし、甲第四号証及び同第九号証の一については、以下のとおり、多くの重大な疑問が存する。すなわち、

①  甲第四号証及び同第九号証の一は、石垣島製糖所有地のうち、大浜の工場跡地(別紙物件目録三3記載の土地)及び名蔵工場敷地(同目録三4記載の土地)を、いずれも農家村落宅地に該当する同一の価格水準の宅地とみて、一平方メートル当たり六六〇〇円と評価しているが、〈証拠〉によれば、大浜地区と名蔵地区とは、直線距離にして約四キロメートル離れていて、決して近隣地域に属するとは言えず、同一の価格水準の土地とみるべき根拠がないこと、大浜工場跡地も名蔵工場跡地も、農業振興地域に指定された農地に囲まれていて、地域特性としては農地地域として捉えるのが相当であること、甲第四号証が前示価格の評価に当たり採用した四件の取引事例は、いずれも道路買収事例であるが、道路買収事例は、一般の取引事例よりも高額であるため、取引事例として採用するのが適当とは言い難いことが認められる。

②  また、石垣島製糖所有地のうち農地(別紙物件目録三6記載の土地)について、甲第四号証は、売買事例を参酌して標準的農地価格一平方メートル当たり九三〇円を比準価格とした上、借地権の負担割合を五〇パーセントとみて、一平方メートル当たりの評価額を四六五円としているのに対して、同第九号証の一は、標準的農地価格については同じく一平方メートル当たり九三〇円であるとしているものの、農業委員会の意見に従い、石垣島製糖所有の農地の価格は一平方メートル当たり四〇〇円、耕作権の負担割合は二〇パーセントとみるとして、一平方メートル当たりの評価額を三二〇円としていて、両者の評価は、その内容において大きく異なっているが、甲第四号証及び同第九号証の一によっても、また、前示証人栗原の証言によっても、その相違について合理的な理由があるとは認められない。

③  さらに、石垣島製糖所有地のうち原野(別紙物件目録三7記載の土地)の価格の評価についても、甲第四号証は一平方メートル当たり二七六円としているのに対し、同第九号証の一は一平方メートル当たり五七三円としていて、その差が著しい。

甲第四号証及び同第九号証の一については、このように多くの重大な疑問が存する以上、これらをにわかに信用することはできないと言わなければならない。

(三)  そして、本件に顕れた一切の証拠によっても、他に乙第四号証の評価及びこれを前提とする同第六号証の評価の合理性について疑うべき事情は認められない。

5. 被告の営業権について

(一)  原告は、本件営業譲渡の決議において被告の営業権の対価が無償とされているのは不当であると主張する。そして、原告補助参加人は、この点について、本件営業譲渡の当時、被告の営業は莫大な利益を上げ得る客観的な環境があり、その環境はその後も当分の間続くことが予測されていたから、被告の営業には超過収益力があったと主張する。そこで、以下において、この点について検討する。

(1)  〈証拠〉によれば、昭和五三年度(なお、被告の営業年度は、毎年一〇月一日から翌年九月三〇日までとされていた。)から本件営業譲渡の直前の昭和五七年度までの五期における被告の業績は、昭和五五年度以降の三期において経常損失を出しており、その経常損失の合計は三六億四五〇〇万円に上っているのに対し、経常利益を上げたのは昭和五三年度及び昭和五四年度の二期であり、その合計は一七億〇三〇〇万円であったこと、そして、これらの数字は、金融機関等から多額の金利減免の援助を受けた後のものであり、この五期を半年ごとの一〇半期に分け、その金利減免前の損益でみると、一〇半期中七半期において損失を出していたこと、被告は、その間、堺工場及び門司工場の有形固定資産や、ホテルニュージャパンの株式等の有価証券を売却するなどして、合計八三億円余の特別利益を出したにもかかわらず、昭和五七年度末には、一〇九億円余の累積損失を計上するに至っていたことが認められる。そして、被告の営業譲渡前のこのような実績に、前示証人山中の証言を総合して判断すれば、営業譲渡当時、被告の営業が、超過収益、すなわち将来において同種企業の平均収益を上回る収益を上げ得るとは、到底予測し難かったと言うべきである。

(2)  もっとも、原告補助参加人は、新大日本製糖は、昭和五九年四月以降毎年、被告から譲り受けた営業により利益を上げていると主張し(請求原因4(一)(1))、これを根拠として、被告の営業には超過収益力があったと認めるべきであると主張する。

そして、新大日本製糖の昭和五九年四月以降の業績をみると、乙第三八号証の二ないし五及び前示証人桜井の証言によれば、なるほど、新大日本製糖は、昭和五九年三月二三日に被告から営業を譲り受けた後、その営業により、昭和五九年度(新大日本製糖の営業年度は、毎年四月一日から翌年三月三一日までである。)から昭和六二年度まで毎年一〇億円ないし三〇億円の営業利益を上げたことが認められる。また、丙第三二号証及び同第三三号証によれば、新大日本製糖は、昭和六三年度には約一四億円の、平成元年度には約六億九〇〇〇万円の各所得があったとして、法人税の申告をしていることが認められるから、右両年度においても、相当額の営業利益を上げたものと推認される。

(3)  そこで、以下において、本件営業譲渡当時、新大日本製糖が被告から譲り受けた営業により右のような営業利益を上げることを、予測することができたかどうかについて判断する。

ところで、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、新大日本製糖が右のように営業利益を上げることができたのは、主として、昭和五九年四月以降、海外の粗糖相場が乱高下することなく、比較的安値で安定していたことと、国内において、精糖業者間の協調により、糖価が安定的に推移したこととによるものであることが認められるから、本件営業譲渡の当時、右のような海外粗糖相場の推移や、国内における精糖業者間の協調の成立について、予測することができたかどうかが問題となる。

そして、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

① 精糖は元来差別化のしにくい商品であり、精糖各社は、利益を上げるためには、大量生産による生産原価の引下げと大量販売に頼らざるを得ないところから昭和三八年に粗糖の輸入が自由化されて以来、競って大型の生産設備を導入し、シェア争いを繰り広げ、その結果、必然的に供給過剰と安売り競争を招くこととなった。

② 精糖は原料比率の高い商品であり、その原料である粗糖は典型的な国際相場商品であって、その相場は乱高下を繰り返し、その影響でたびたび国内市況が混乱し、多くの精糖会社は、その都度精糖市況の暴落により大打撃を受けた。

例えば、昭和四八年のオイルショックに伴い粗糖相場が高騰することとなり、国内精糖各社は、これに対処するために、共同して、昭和四九年一二月、オーストラリアとの間で、粗糖の安定供給を目的とした固定価格制の長期輸入契約を締結したところ、その直後の昭和五〇年二月ころから粗糖相場が反落し、一時はトン当たり六五〇ポンドしていたものが同年六月には一二八ポンドにまで下落し、その後も長期にわたり低迷を続け、その影響で国内市況が下落したため、業界全体で大きな損失を受けた。

③ 昭和四〇年代には消費者の甘味離れと国内産のビート糖の増産により精糖需要が停滞し、昭和五〇年代には価格競争力のある異性化糖の進出に追い打ちをかけられて更に精糖需要が減退し、精糖各社は、その経営を圧迫されることとなった。

④ このように、供給過剰と精糖価格の低迷による不況が続く中で、精糖業界においては、業者間の協調の必要性が説かれ、昭和四〇年には不況カルテル、昭和五一年には指示カルテルを結び、不況からの脱出を図ろうとしたが、業界の協調は続かず、いずれの場合も、一部企業が脱落するなどした結果、その効果は上がらないままに終わった。

⑤ ところで、精糖業界の過当競争は国内産糖の価格形成に大きな影響を及ぼすに至り、昭和四〇年には、これに対処するために、砂糖の価格安定等に関する法律が施行されたが、同法は、国内産糖の育成強化を主眼とするものであったから、精糖業界の過当競争体質には何らの変化ももたらさなかった。

⑥ そして、昭和五三年に、砂糖の需給の適正化を図る目的で、砂糖の価格安定等に関する法律第五条第一項の規定による売渡しに係る指定糖の売戻しについての臨時特例に関する法律(昭和五二年法律第八五号。いわゆる売戻し特例法)が施行され、精糖各社は、これにより、事実上、農林水産大臣から通知を受けた数量を超える数量の粗糖の輸入をすることができなくなり、過当競争は一時的に鎮静化し、国内市況は堅調に推移することとなった。そのために、被告も、その昭和五三年度及び昭和五四年度には、前に認定したとおり相当の営業利益を上げることができた。

⑦ しかし、昭和五四年後半から乱高下しながら急騰していた海外粗糖相場が、昭和五五年一一月に天井を打ち、その後急落に転じたため、国内の精糖価格もこれに追随して下落し、ほとんどの精糖会社が赤字状態に陥ることとなり、被告も、その昭和五五年度には、当期損失一八億円を計上し、その結果、当期末処理損失は累計約一〇五億円に達することとなった。

⑧ 昭和五七年に砂糖の価格安定等に関する法律が改正され、異性化糖がその規制の対象に組み込まれるとともに、前示売戻し特例法に代わる制度として、いわゆる市価参酌調整金制度が創設された。この制度は、売戻し特例法とは異なり、粗糖の輸入数量自体を制限するものではなく、市価参酌調整金さえ支払えば自由に粗糖を輸入することができることとしたものであった上、その制度施行当時の市価参酌調整金の額は、キロ当たり三円三四銭であり、当時の精糖各社のコスト差(キロ当たり二〇円程度といわれていた。)と比べて僅かであったから、過剰な設備を有していた精糖各社は、大量生産をしてコストを下げることにより、市価参酌調整金の支出分をまかなうことが可能であった。したがって、この制度は、需給調整機能をほとんど果たし得ず、かえって、輸入数量が自由化された結果、業者間にシェア拡大競争が繰り広げられることとなった。

⑨ そのようなことから、精糖業者は、昭和五八年九月二七日、特定産業構造改善臨時措置法(昭和五三年法律第四四号)の適用を受ける業種として指定を受け、過剰設備の廃棄等の構造改善を目指すこととなった。精糖業者は、これにより安売り競争に別れを告げ、精糖相場を高値で安定させたいと期待していたが、同年一〇月中旬には、需要不振に音を上げた一部の会社が値下げに踏み切り、次第に他社が後追いし、相場を崩してしまったため、その期待は脆くも潰え去った。

⑩ しかしながら、昭和五九年に至り、被告及び明治精糖株式会社が多額の累積損失を抱えたまま、これを解消する目処が立たず、自主再建を断念せざるを得なくなり、営業の全部を他に譲渡して解散することとなったことが衝撃となって、業界内に、これ以上過当競争を続けることに対する危機意識が生まれ、各社が自主的に市況対策を強化して行くこととなり、ここに協調体制が成立した。

以上のとおり認められる。

以上の事実によれば、精糖業界は、本件営業譲渡がされた昭和五九年三月当時まで長年の間、供給過剰と安売り競争を繰り返し、協調することのなかった業界であったのであり、また、原料である海外粗糖の相場も、当時まで何度も乱高下を示し、いつ相場が大きく変動するか、その将来を予測することは極めて困難であったことが認められるのであり、そうであるとすれば、現実には、前に認定したとおり、本件営業譲渡の後、海外の粗糖相場は比較的安値で安定的に推移し、また、精糖業者間の協調が実現した結果、国内の精糖価格も、安定的に推移したのであるけれども、本件営業譲渡の当時に、これらの事態を予測することは、不可能であったと言うべきである。

(4)  原告補助参加人は、被告が過去において損失を出した原因は本件営業譲渡の当時既に解消されていたと主張するが(請求原因4(一)(2))、右に認定した諸事実に照らせば、被告が損失を出したのは、原告補助参加人の主張する原因のみによるのではなく、精糖業界を取り巻く諸要因の絡み合いによるのであり、しかも、海外粗糖相場の乱高下や業者間の過当競争のおそれは、本件営業譲渡当時、必ずしも解消されていたとは認め難いから、右主張は失当である。

原告補助参加人が主張するように(請求原因4(一)(3))、被告が昭和五七年に他社に生産を委託し、通知数量の割当てを受ける地位を保有するだけとなったからといって、業界の協調体制ができれば、経常利益を生ずることが確実であったということはできない。

原告補助参加人は、砂糖相場は国内では昭和五八年二月ころから、海外では昭和五七年八月ころからそれぞれ安定したと主張する(請求原因4(一)(4))。しかし、丙第二一号証によれば、右各相場が安定したのはいずれも昭和五九年以降であるとみるのが相当であるから、右主張は失当である。

また、原告補助参加人は、被告が昭和五八年四月から昭和五九年三月までの間経常利益を上げたと主張するが(請求原因4(一)(5))、乙第五六号証によれば、被告が右の期間に経常利益を上げたのは、金融機関等から金利の減免を受けた結果に過ぎないことが認められるから、このことを理由として、被告の営業が超過収益力を有していたと判断することはできない。

さらに、原告補助参加人は、業界の協調は本件営業譲渡の決議の当時確実になっていたと主張するが(請求原因4(一)(6))、そのように認めるに足りる証拠はない。

(5)  そうすると、新大日本製糖が被告から譲り受けた営業により利益を上げたことを根拠として、本件営業譲渡当時、被告の営業に超過収益力があったと認めることはできない。

(二)  次に、原告補助参加人は、たとえ被告の営業に超過収益力があったとは認められなくても、市価参酌調整金制度の下において、被告が通知数量の割当てを受けることができることによって得る経済的利益は法的営業権として評価されるべきであると主張するので、この点について判断する。

(1)  市価参酌調整金制度の下においては、精糖業者は、農林水産大臣から割当てを受けた通知数量を超えて粗糖等を輸入した場合には、一定の要件の下で、その超えた数量に応じて、市価参酌調整金を支払わなければならないこととされている。したがって、精糖業者は、通知数量の割当てを受けることによって、何ら積極的な経済的利益を得るものではないが、その数量の範囲内で粗糖等を輸入する限り、市価参酌調整金を課されないという消極的な経済的利益を得ることになるということができる。

そして、右の消極的な経済的利益は、具体的には、通知数量の割当てを受けずに、又は割当てを受けた通知数量を超えて、粗糖等を輸入する他の精糖業者との比較における輸入コスト差として表れ(通知数量は、各精糖業者の過去五年間の輸入実績数量を基礎として割り当てられることとされているから、新規参入者がなく、又は他の精糖業者が過去の輸入実績に沿った輸入をするに過ぎない場合には、何ら具体化されることがない。)、最終的には当該精糖業者の営業収益に反映するはずのものであり、また、この通知数量の割当てを受けることによる利益は、その性質上、当然、精糖業者のみに帰属するものであって、その営業と切り離してこれを保有することはできないから、これを被告の営業から独立した利益として評価することはできない。

そうすると、被告が通知数量の割当てを受けることによる利益は、被告の超過収益力を本質とする営業の価値の一部としてその中に含まれているというべきであり、(一)において判示したとおり、被告の営業に超過収益力があったとは認められない以上、本件営業譲渡において被告が通知数量の割当てを受けることによる経済的価値を評価しなかったことは何ら不当ではない。

(2)  原告補助参加人は、新大日本製糖が被告の実績をもとに通知数量の割当てを受けることができることとなったとし、これにより、通知数量の割当てを受けることができなかった場合と比較して、大きな経済的利益を得たと主張する。

そして、精糖業者がその営業を他に譲渡する際に、通知数量の割当てを受ける地位をその営業と共に譲渡することができるかどうかについては、通知数量の割当てが農林水産大臣の裁量的な判断に委ねられているものであるところから、多分に疑問の存するところであるが、仮にこれを肯定するとしても、営業の譲受人は、営業と共に通知数量の割当てを受ける地位を譲り受けることにより、譲渡人が営業譲渡前に有していた利益を超える利益を取得することがないことは当然である。したがって、新大日本製糖は、被告から営業の譲渡を受けた後に通知数量の割当てを受けているが(このことは当事者間に争いがない。)、これをもって通知数量の割当てを受ける地位が被告から新大日本製糖に移転したものであると見得るとしても、新大日本製糖が通知数量の割当てを受けたことによって取得した利益は、被告が営業譲渡前に有していた利益と同等であると言うべきである。

また、前示証人桜井の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告及び新大日本製糖は、本件営業譲渡によって、通知数量の割当てを受ける地位が新大日本製糖に引き継がれることを期待し、そのことを前提として本件営業譲渡の対象たる営業権の価格を評価した上、その経済的価値はないものとみて、その対価を無償としたものであると認められる。したがって、新大日本製糖が通知数量の割当てを受けなかった場合と比べて大きな経済的利益を得たとする原告補助参加人の前記主張は失当である。

(3)  なお、精糖業者が、他の精糖業者からその営業と共に通知数量の割当てを受ける地位の譲渡を受けた上、その譲り受けた営業を廃止することができるとすれば(そのようなことが可能であるかどうかは疑わしいが、それが可能であると仮定すれば)、その譲受人たる精糖業者は、通知数量の割当てを受ける地位のみを譲り受けたのと同様の結果となり、その場合には通知数量の割当てを受ける地位の有する価値を独立して評価する必要が生じようが、本件がそのような場合に当たらないことは明らかである。

(三)  さらに、原告補助参加人は、営業権の対価を決定するに当たって、被告株式の市場価格を無視したことは不当であると主張する。

しかし、丙第三七号証によれば、被告の株式は、解散直前まで、東京店頭市場において登録扱銘柄又は店頭管理銘柄として取引の対象とされ、株価が形成されていたことが認められるが、被告は、長い間、著しい債務超過に陥り、無配を続けていたのであり、そのような会社の株式について市場価格が形成されていたとしても、それに基づいて営業権の価格を算定することは、乙第一二号証が示す判断のとおり、相当でないというべきである。

(四)  したがって、乙第一二号証が被告の営業権についてその経済的価値は認められないとしたことに何ら不合理な点は認められない。

6. 以上のとおり、前記各鑑定評価書には特段不合理な点は認められず、また、各鑑定評価が行われた後、本件決議までの間に、その鑑定評価の内容をそのまま維持することが不当であるような事情の変更があったことを認めるべき証拠もない。

四、以上によれば、原告らの本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項及び九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山正明 裁判官 植垣勝裕 川畑正文)

〈以下省略〉

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